2016年7月20日水曜日

大阪市パノラマ地図検定解説編(1-8)

大阪市パノラマ地図検定の解説編です。

(第1回 第8問)
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所は当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D この地図について、自由にコメントしてください。


※Dの自由なコメントが浮かばない方は、下記のヒントにお答えください。
 手前の川の名前は?

 配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。



解答と解説
A 
大阪控訴院(大正5年(1916年)に完成、「赤煉瓦」と呼ばれた三代目)
B 大阪高等地方簡易裁判所
C 佐賀(鍋島)藩大坂蔵屋敷
D パノラマ地図には、大正5(1916)年に完成、「赤煉瓦」と呼ばれて親しまれた三代目庁舎が描かれ
  ている。手前の川は大川が中之島によって2つに分かれ、北側の堂島川。


浪華名所獨案内の西天満付近(上が北)
天保新改攝州大阪全圖の西天満付近(上が北)
明治41年、昭和4年、昭和42年の地形図、地理院地図に見る西天満付近(今昔マップ3)

 1875年(明治8年)東京・大阪・長崎・福島に上等裁判所が設置されました。大阪上等裁判所は土佐堀4丁目に設置されました。1881年(明治14年)控訴裁判所に、1886年(明治19年)には控訴院に改称されました。
 1890年(明治23年)4月、大阪市北区絹笠町・真砂町・若松町合併地(鍋島・津軽両藩蔵屋敷跡)に、れんが造り3階建ての大阪控訴院・大阪始審裁判所合同庁舎が完工しました。


 初代赤れんがの合同庁舎は、1896年(明治29年)、大阪控訴院から出火して焼失し、1900年(明治33年)4月、焼失した庁舎跡に新庁舎が落成したものの、この2代目庁舎も、1909年(明治42年)7月のいわゆる北の大火災(天満焼け)により、類焼して焼失しました。

 1916年(大正5年)5月、焼失した庁舎跡に、れんが造り銅板葺きで、中央に高さ36メートルの青銅ドームをいただく高塔建物である3代目の庁舎が竣工し、「赤れんが」の愛称とともに、大阪の代表的点景として市民に親しまれました。大阪市パノラマ地図に描かれている控訴院はこの建物です。

 写真は大阪地方検察庁さんのHPからお借りしました。

 大阪くらしの今昔館8階の近代のフロアに、大阪市パノラマ地図を拡大して床面に展示してい ますので、じっくりとご確認ください。

 大阪市パノラマ地図についてはこちらをどうぞ。
http://sumai-osaka.blogspot.jp/2015/08/blog-post_29.html

第1問はこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/06/blog-post_1.html
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